2007年11月30日

ひぐらしのなく頃に解/アニメ版/感想/第16話〜第18話 祭囃し編 其の参「終わりの始まり」其の四「謀略」其の伍「最後の駒」

 「さあはじめましょう。この日のために100年もの時間をかけたのだから」(古手梨花)

 「ひぐらしのなく頃に解」アニメ版、第16話〜第18話 祭囃し編 其の参「終わりの始まり」其の四「謀略」其の伍「最後の駒」の感想です。原作のいわゆるカケラ紡ぎ編の部分をまとめて感想。

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 基本的には最後にぶつかることになる鷹野さん視点と羽入視点から構成されていたカケラ紡ぎ編。

 鷹野さん視点の方で今回気づいたのは、雛見沢症候群を世に知らしめておじいちゃんを神にするためなら解剖計画を厭わないほどマッドサイエンティストな所は当初からあったけど、終末作戦を慣行してしまうほど決定的に道を踏み外すのは、後ろ盾の小泉先生が亡くなった時に、政治的な争いの中で雛見沢症候群の研究がスケープゴートにされたのが一番の要因なんだよな、改めて客観的に考えると。なので、やはり描かれているのは悪としての鷹野さんではなくて、悪としての敵を作り出し、スケープゴートにして押しつけることでしか整合性を保てないジョーカーの押し付け合い的な人間心理。疑心暗鬼に敵を作り出して錯乱してしまうルールXは「罪滅し編」で圭一がブチ壊した。沙都子を敵にし、スケープゴートにすることで整合性を保っていた雛見沢村というルールZも「皆殺し編」で圭一と仲間パワーがブチ壊した。そうして、それでも覆せなかった最後のルールY(鷹野さん)を生んだ、敵を作り出さなければ整合できないババ抜き的世界に対する挑戦、それが「祭囃し編」。ラストの魅音VS小此木と羽入VS鷹野さんのシーンで原作ではそれを表現しきっていましたが、どう映像化されるのか楽しみ。

 羽入視点の方では、何も出来ず、謝り続けていた羽入が、最後に舞台に上がるまでをカケラ紡ぎ編では描写。梨花ちゃんの運命を覆す最後の駒は羽入だという台詞でカケラ紡ぎ編終幕、最終章「祭囃し編」本編へ。原作では最後の駒は赤坂さんなんですが、羽入だという風にアレンジされています。これは、アニメ版では時間がループしてる所までは表現してるけれど、メタ的な視点で梨花ちゃん&羽入がカケラ紡ぎをして作ってる世界がそれぞれの世界だという所までは表現してないので、「暇潰し編」のカケラにカケラ屑を合わせると赤坂さんの最後のカケラになる……みたいなのが表現しづらい、というか表現しても視聴者には分からないという判断があったんじゃないかと思います。なので、100年のカケラ紡ぎの果てについに赤坂さんが!というカタルシスを演出しづらいんですが、その部分は原作の赤坂さんが梨花ちゃんを助けにくるシーンをどう表現するのか楽しみ。

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